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〜グローバルリーダーのための教養2 Global Leader Literacy2〜

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【日本軍の鬼才から学ぶ現代日本政治の課題。】

2025/05/20

【グローバルリーダーのための教養Ⅱ:Topic8】
(Q:政治について述べなさい。)

最近、私は石原莞爾という人物に強い関心を持つようになりました。

石原莞爾(1889年〜1949年)は日本陸軍の中将を務めた軍人であり、昭和初期に起きた満州事変を主導した軍事戦略家として知られています。

彼は、将来必ず東洋文明と西洋文明が衝突する大戦争が起こるという「世界最終戦争論」を唱え、日本の生き残りには満州の確保が必要だと考えていました。

関東軍参謀時代には、1931年に満州事変の発端となった柳条湖事件を計画・実行に移し、満州国の建国を推進しました。

1936年の二・二六事件では、反乱軍に対し迅速かつ強硬な鎮圧を主張しています。

しかし、その後の日中戦争拡大路線には明確に反対し、東條英機との対立の末に軍を去りました。

晩年は故郷の山形県で農業に従事し、仏教思想に深く傾倒しました。

侵略を推し進めた責任者である一方で、戦争拡大に警鐘を鳴らした点からも、評価が非常に複雑で分かれる人物です。

また、東京裁判(極東国際軍事裁判)でのエピソードも有名です。

満州事変を主導した石原は、本来ならば戦争責任を問われる主要な被告候補の一人でした。

しかし連合国側は最終的に彼を起訴せず、重要な証人として法廷に召喚しました。

証人台に立った石原は、検察官が満州事変の責任を問うと、「満州事変の責任はすべて私にある。私を裁け」と堂々と述べました。

また、東條英機に関して質問された際には、「東條は小物である。彼に責任はない」と一蹴し、法廷に衝撃を与えました。

さらに東京裁判自体についても、「これは勝者による敗者への復讐劇に過ぎない」と痛烈に批判したと伝えられています。

また原爆投下を命じたアメリカ大統領トルーマンを「最大の戦犯である」と非難したとされ、日本が戦争に向かった根本的な責任について問われると、

「それなら日本を無理やり開国させたペリーを連れてこい」と発言したとも伝えられています。

これらの発言は公式記録には残されていませんが、複数の証言や資料によって伝えられており、

彼の戦争観や歴史観を象徴するエピソードとして注目されています。

結局、健康状態の悪化を理由に石原は起訴を免れましたが、彼の毅然とした態度や明快な発言は、

多くの人々の記憶に強烈な印象を残し、その存在感を鮮烈に示す出来事となりました。

現在の政治家の中に、石原莞爾のような歯切れの良く、安定した自尊を持ち、男気あふれる意見を、国民の前で堂々と世界に向けて語れる人はいないのではないかと思っています。

政治家の方々がどれだけ儲けようと、どれほど悪いことをしようと、正直に申し上げればあまり関心はありません。

しかし、日本をより良い国にするために懸命に行動を起こしてくださる政治家こそが、私が最も望む存在です。




① 社会性(自尊 × 共感)

高社会性

高自尊 × 高共感

信念に従って行動しながら、戦争拡大に警鐘を鳴らすなど他者への共感も示した。

② 自尊(自尊 × 私的自己認識)

安定した自尊

自信と自己理解のバランスが取れている

自らの思想に確信を持ちつつ、自己反省的に軍を離れ仏教に帰依する面も見せた。

③ 共感(共感 × 公的自己認識)

お節介〜安定した共感の境界

高共感だが公的な伝達力にはムラあり

他者の未来に対する懸念を抱いていたが、自己表現が過激で孤立することもあった。




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【築地明石町。】

2025/05/15

【グローバルリーダーのための教養Ⅱ:Topic7】
(Q:日本とその国の間に戦争や葛藤があった背景を持つスポットを調べなさい。)

①【史跡の場所】  築地外国人居留地跡(東京都中央区明石町1-15付近)




②【歴史的事実(時代、事象)】 

1869年(明治2年)、明治政府により現在の中央区明石町周辺に築地外国人居留地が設置された。

この居留地は主に外国公使館や領事館、宣教師、医師、教師などの知識人が活動の拠点として利用した場所であり、横浜や神戸とは異なり、商業よりも文化・教育的な色彩が強かった。

また、明治学院や立教学院、青山学院、女子学院など多くの著名な教育機関の発祥地となったほか、1902年にはアメリカ人医師アドルフ・B・トイスラーが聖路加病院(現・聖路加国際病院)を設立するなど、日本の近代化・国際化の基盤形成に重要な役割を果たした。




③【新たに発見したこと】

築地外国人居留地が日本における多くの有名教育機関や医療施設の起源となっていることを新たに知った。

また、この地域が外国人居留地としての商業的繁栄よりも、文化交流や教育、医療の普及に大きな貢献をしていた点が興味深かった。

現在も残るレンガ塀やガス街灯が当時の雰囲気を伝える貴重な遺構であることも印象的だった。




④【発見したことから得た感想、教訓など自身が感じ取ったこと】 

日本の近代化というと経済的・商業的な発展ばかりに注目しがちであるが、築地外国人居留地の歴史を通して、教育や医療、文化交流がいかに国家の土台形成に不可欠であったかを改めて感じた。

特に医療や教育といった「人を育てる」分野が、その後の日本社会の発展において重要な役割を果たしたことを学び、国家や地域の発展においては経済的発展だけでなく、人材育成と国際的視野を持つことの重要性を実感した。




⑤【 築地外国人居留地における文化的葛藤】 

1. 宗教的葛藤:キリスト教と日本社会の摩擦

・事実:築地外国人居留地は、キリスト教宣教師の活動拠点として多くの教会やミッションスクールが設立されました。 

・背景:明治初期まで日本ではキリスト教が禁じられており、解禁後も社会的な偏見や警戒心が根強く残っていました。

2. 教育観の葛藤:西洋式教育と日本的教育観の対立

・事実:築地居留地には、青山学院、立教学院、明治学院、女子学院などのキリスト教系学校が設立されました。

・背景:これらの学校では、西洋的な個人主義や自由主義を重視する教育が行われ、日本の儒教的な教育観(忠義、上下関係、集団重視)と対立する場面がありました。

3. 医療観の葛藤:西洋医学と伝統医療の摩擦

・事実:築地居留地には、アメリカ人医師アドルフ・B・トイスラーによって聖路加病院(現・聖路加国際病院)が設立され、西洋医学が導入されました。

・背景:当時の日本では、漢方や鍼灸などの伝統医療が一般的であり、西洋医学への不信や拒否反応が見られました。

これらの文化的葛藤は、明治期の日本が“異文化とどう向き合うか”という試練の中で、自国のアイデンティティを模索しながら近代化を進めた過程を象徴しています。




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【蒼き狼と白き牝鹿 ジンギスカン。】

2025/04/22

【グローバルリーダーのための教養Ⅱ:Topic6】
(Q:気になる世界史をしらべ感想を述べなさい。)

《余談》 小学生の頃、地下室でファミコンに没頭していた日々。

当時プレイしていたKOEIの歴史シミュレーションゲームは、各時代の英雄たちを操作し、歴史の流れを体感できるものでした。

・信長の野望(戦国時代)

・太閤立志伝(豊臣秀吉)

・源平合戦(平安時代末期)

・維新の嵐(明治維新)

・項劉記(楚漢戦争)

・三國志(中国三国時代)

・大航海時代(大航海時代)

・ランペルール(ナポレオン)

・蒼き狼と白き牝鹿 ジンギスカン(モンゴル帝国)

僕はこれらのゲームを通じて、各時代の背景や人物像に触れ、歴史への興味が芽生えたのです。

今回、世界史を再学習するにあたり、せっかくならこの感じたノスタルジーにまつわるものに挑戦したい。と考えました。

ヨーロッパ関連は既に講義で取り上げられているため、今回は『蒼き狼と白き牝鹿 ジンギスカン』に焦点を当て、モンゴル帝国の歴史を深掘りしたいと思います。




《調べたことへの感想》

偉人や成功者たちの多くは、時代や国を問わず「能力主義」を重視してきました。

今回取り上げたチンギス・カン(テムジン)(←僕はてっきりチンギス・カンが名前だと思っていました。)もまさにその典型です。

彼は血統や出自に関係なく、実力と忠誠心を持つ者を登用し、モンゴル帝国という巨大な国家を築き上げました。

同じように、織田信長も家柄や門地にとらわれず、個人の才覚を見抜いて抜擢する姿勢を貫きました。

農民出身の豊臣秀吉や、浪人から家臣に取り立てられた明智光秀が大きな役割を果たしたのは、その好例です。

信長のもとでは、実力のある者がどこまでも昇進できるという風土が育まれていました。

中国三国志に登場する曹操もまた、「唯才主義」を掲げた代表格です。

彼は敵であった人物ですら、その才能を認めれば受け入れる器を持っていました。

郭嘉や賈詡など、元は敵対勢力に属していた者たちを重用し、魏という国家の基盤を築き上げました。

太閤・豊臣秀吉もまた、能力主義を体現した人物です。

自らが足軽から天下人へと駆け上がった背景には、出自ではなく才覚を重視するという信念がありました。

そして、自身の経験をもとに、有能な人材を積極的に登用し続けたのです。

さらに時代をさかのぼれば、中国・前漢の初代皇帝・劉邦もまた、多くの優れた人材を取り立てることで帝国を築きました。

張良・蕭何・韓信といった名臣を見出し、信じ、任せたからこそ、天下を統一することができたのです。

そして近代においては、アメリカ合衆国第16代大統領アブラハム・リンカーンもまた、対立政党の人物や異なる意見を持つ者すらも内閣に迎え入れることで、国家の安定と奴隷制度の廃止を成し遂げました。

人の可能性を見抜く目と、それを活かす度量こそが、彼の真の強さだったのかもしれません。

時代も場所も異なりますが、こうした能力主義は、現代社会においてもなお、通用するどころか、ますますその重要性を増していると感じます。

かつては家柄や学歴、年功といった“形式的な肩書き”が評価の基準になっていた時代もありましたが、今や変化のスピードが格段に早まった現代では、論理的かつ柔軟な思考力と実行力、そして結果に基づく評価が求められるようになっています。

これはまさに、歴史の中で偉人たちが体現してきた「能力/功績主義」と重なります。

ビジネスの世界で「歴史に学べ」と言われるのは、過去の出来事が単なる記録ではなく、現代の課題に応用可能な知恵の宝庫だからです。

変革期のリーダーたちが、どのように人を見抜き、活かし、育て、組織を動かしていったのか?

そこには現代のマネジメントにも通じる多くのヒントが詰まっています。

今回の世界史の再学習を通して、私は単に「チンギス・カンや信長はすごかった」と思うだけでなく、「どんな状況であっても、人は活かされ方によって想像以上の力を発揮できる」ということを強く実感しました。

人を活かすとは、与えられた才能を見抜き、正しいポジションで信頼して任せること。

そして、それを実現する環境を整えること。 これは、リーダたちの永遠のテーマであり、現代を生きる私たちにとっても、深く考える価値のある問いだと思います。

だからこそ私は今、「人を活かすとは何か?」という問いを、自分の人生とビジネスの中でもう一度見つめ直したいと思っています。

歴史は過去のものではなく、未来を照らす羅針盤のような存在なのだと、あらためて感じています。

あーこれを地下室で小学生の時に感じていたら,,,僕も英雄になってたのかなw




《今回調べたこと》

テムジンは、幼い頃から極めて厳しい環境の中で生き抜く力を培いました。

幼少期に父を失い、部族からも見捨てられるという孤独と貧困の中で、家族を支えながら生き延びた日々は、彼の精神力と統率力の礎となりました。

その後の彼は、血筋や家柄ではなく、能力と忠誠心を重んじる功績主義の姿勢をとり、多くの有能な仲間を惹きつけていきます。

ボオルチュやゼルメといった信頼厚い部下たちの存在も、彼の勢力拡大を大きく後押ししました。

また、テムジンは部族間の政治的駆け引きにも長けており、ケレイト族との同盟や、ボルテとの結婚などを通じて、自らの立場を着実に強固なものにしていきました。

敵対する部族との戦いでも、彼は機動力のある騎馬軍を編成し、徹底した情報収集と心理戦を駆使して圧倒的な勝利を収めていきました。

その戦闘力と指導力は、やがて他部族からも一目置かれるようになっていきます。

さらに、テムジンは自らが天の神「テングリ」の加護を受ける存在であるとし、信仰と政治を結びつけることで統治に正当性を持たせました。

この宗教的な裏付けは、彼のリーダーとしての神聖性を高め、部族間の融合と秩序づくりにおいて大きな意味を持ちました。

そして1206年、すべての流れがひとつに集まったクリルタイにおいて、テムジンは「チンギス・カン(大いなる統率者)」の称号を得て、モンゴル帝国を建国します。

これは単なる即位ではなく、長年にわたる努力と信頼が実を結んだ瞬間であり、遊牧民の枠を超えた新たな国家が誕生した、歴史的な出来事でした。




《モンゴル帝国建国までの流れ》

1. テムジンの誕生と幼少期(1162年頃)

・テムジン(後のチンギス・カン)は、モンゴル高原のボルジギン氏族に生まれる。

・幼少期に父イェスゲイを毒殺され、家族は部族から見捨てられ、困難な生活を送る。

2. 部族間の抗争と勢力拡大(1180年代~)

・テムジンは、忠誠心と能力を重視した人材登用により、支持を集める。

・ケレイト族のトオリル(オン・カン)や盟友ジャムカとの協力・対立を経て、勢力を拡大。

3. モンゴル高原の統一(1204年)

・ナイマン族などの有力部族を打ち破り、モンゴル高原の大部分を掌握。

4. モンゴル帝国の建国(1206年)

・オノン川上流で開催されたクリルタイ(部族会議)において、テムジンは「チンギス・カン(大いなる統率者)」の称号を授かる。

・これにより、モンゴル帝国(大モンゴル国)が正式に建国される。




《余談2》

ちなみに料理の「ジンギスカン」と、人物の「チンギス・カン(Genghis Khan)」は直接の関係はありません。

名前の由来としては羊肉=遊牧民の食文化=モンゴル人=チンギス・カンというイメージ連想から、日本でこの名前がつけられました。

モンゴルではこのような調理法は一般的ではないそうです。

日本初の海外っぽいお料理って結構ありますねw。




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【宗教の必要性。】

2025/04/22

【グローバルリーダーのための教養Ⅱ:Topic5】
(Q:これから先の未来においても、人間にとって宗教は必要であり続けるのか?)

僕の答えは、Yesです。

ちなみに、僕自身は積極的に宗教に参加しているわけではありません。

特定の宗教団体に属していたり、熱心に信仰を実践しているわけでもありません。

それでもなお、宗教という存在が人間社会において果たしている役割の大きさは、無視できないと感じています。

なぜなら、宗教は単なる信仰体系ではなく、「人が悩みや苦しみを抱えたときに、それを孤立させない力」を持っていると感じるからです。

人生において、誰しもどうにもならない現実に直面する瞬間があります。

失敗、別れ、死、理不尽な出来事。。。

そうした状況で、人は時に「答えのない問い」と向き合わなければなりません。

そんなときに、宗教は“絶対的な拠り所”として機能し、自分だけでは抱えきれない感情を受け止めてくれる存在となりえます。

また宗教は、悩みを言葉にできない人たちを「コミュニティ」という形で包み、共感やつながりを生み出します。

神や仏を信じるかどうかに関係なく、「自分だけじゃない」と思える空間が、どれほど多くの人の心を支えてきたかは計り知れません。

テクノロジーが進化し、AIが人間の仕事や判断を代行するようになっても、「心の拠り所」は数値化できません。

むしろ、合理性が進む時代だからこそ、人の内面に寄り添う宗教の価値はより重要になるのではないでしょうか。

だからこそ僕は、未来においても宗教は人間にとって必要な存在であり続けると感じています。)

それは人間らしさを守る最後の砦なのかもしれません。

思うに現代って、「何を信じるか」よりも、「何も信じられないことの不安」の方が深刻だったりする気がしませんか?




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【関羽長、二つの宗教で神となる。】

2025/04/18

【グローバルリーダーのための教養Ⅱ:Topic4】
(Q:宗教を調べ、その感想を述べなさい。)

書籍を手に取りながらさまざまな宗教に目を向けていたところ、「儒教」と「道教」という思想に出会いました。

韓国人の友人がいることもあり、儒教については「縦社会的な考え方」という漠然としたイメージを持っていましたが、道教に関してはまったくの初対面。

正直、名前くらいしか知りませんでした。

調べてみると、儒教は孔子、道教は老子に由来する思想であり、どちらも三国志の時代背景によく登場する偉人です。

(孫子と同様に時代は異なりますが、その知名度と影響力は当時も絶大です)

そのことを知って、一気に親近感が湧きました。

さらに興味が深まりましたので、以下に自分なりに調べたことをまとめてみたいと思います。




【儒教の特徴と広がり】



儒教は、紀元前6世紀ごろに孔子によって説かれた中国古代の思想で、「人としてどう生きるか」という道徳を重視します。

その中心には、「三綱五常(さんこうごじょう)」という考え方があります。

 三綱

三綱とは、人間関係における基本的な秩序のことで、以下の3つの関係を重視します。

・君臣:君主と家臣の関係

・父子:父と子の関係

・夫婦:夫と妻の関係

これらの関係において、それぞれが敬意や役割を守ることで、社会全体の秩序が保たれるとされました。

五常

五常は、人が日々の生活の中で実践すべき基本的な5つの徳(道徳)です。

・仁:思いやり。人を愛し、私心を抑えて礼を尽くすこと。

・義:正義。損得に左右されず、なすべきことを貫く態度。

・礼:礼儀や形式。「仁」の心を行動に表すもの。

・智:知恵。道理を理解し、正しく判断する力。

・信:誠実さ。言葉を裏切らず、約束を守る真心。

儒教は、こうした徳目を通じて、社会の中で人とどう関わるかに重点を置き、家庭・政治・教育など広範囲にわたり影響を与えてきました。

その教えは韓国にも広がり、特に1392年に成立した李氏朝鮮では、儒教が国家理念として採用されました。

朱子学(=儒学の学問体系)が重んじられ、仏教よりも儒教が優先される体制が続きました。

現在でも韓国社会には、年長者を尊重する文化や礼儀を重んじる価値観など、儒教の影響が色濃く残っています。




【道教の特徴と関羽信仰】



道教は、老子や荘子の思想に基づき、自然と調和した生き方を大切にする中国の哲学・宗教です。

無理をせず「無為自然」に従って生きることが理想とされ、長寿や平穏、自然の力を敬う考え方が基本にあります。

また、風水やお守り、神々への祈りといった民間信仰とも深く結びついて発展しました。

そんな道教の中でも、特に信仰を集めている神が、三国志の英雄として知られる関羽長です。

関羽長は死後、道教では関聖帝君と呼ばれ、武神や守護神、商売繁盛の神として広く祀られています。

関帝廟においては、交通安全、商売繁盛、家内安全、入試合格、厄除けを願って人々が訪れ、信仰を捧げています。

一方、儒教においても関羽は重要な人物であり、武聖という尊称で称えられます。

これは、孔子が「文聖」とされるのに対し、関羽が「武の道を究めた者」として位置づけられているためです。

儒教の根幹である「忠」「義」「信」(※忠は五常には入っていないが三網の君臣には欠かせない)の精神を体現した人物として、歴代の王朝や知識人からも高く評価され、道徳の模範とされました。

つまり、関羽はただの歴史上の英雄ではなく、儒教では武聖として、道教では武神、商業繁盛の神様として崇められており、宗教と倫理をまたぐ存在として東アジア文化に深く根を下ろしています。




【感想】



普段、中華街に立ち寄るときには、よく麻婆豆腐を食べるのが定番で、横浜関帝廟の前も何度となく通っていますし、実際に参拝もしています。

でも、あの立派な建物が「道教」の施設だったとは、正直これまで全く意識していませんでした。

以前、宗教に関するテーマでまとめたときにも感じましたが、私たちの身の回りには本当にさまざまな宗教や思想が自然に溶け込んでいるのだと、あらためて実感しました。

そして何より驚いたのは、あの三国志の英雄・関羽が、儒教でも道教でも神格化されているという事実です。

忠義や誠実を貫いた生き方が、宗教を超えて信仰されていることは、ファンとしてはなんとも誇らしく、心を打たれました。

かつ何と、かの曹操も道教でお酒の神様になっているようですね。

この辺り深掘りしても楽しそうですが、今から別課題の中間テストを取り組まなければいけませんのでw、今回はここまでとさせていただきます。




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【僕と宗教の「ほどよい距離感」】

2025/04/09

【グローバルリーダーのための教養Ⅱ:Topic3】
(Q:あなたにとって宗教とは?)

「僕にとって宗教は必要か?」と問われれば、おそらくその答えは「特に必要ではない」となるでしょう。

いわゆる熱心な信者でもなければ、教義に従って日々を律しているわけでもありません。

けれども、それでも僕の暮らしや価値観の中には、宗教的なものが自然と根づいています。

たとえば、先祖のお墓の守り代を自分が支払っていることには、ささやかな誇りを感じています。

毎年、故郷に何度も足を運び、墓参りを欠かさず続けているのも、単なる義務感からではなく、「そこに何かがある」と感じるからです。

また、御朱印集めや七福神巡りも好きで、神社やお寺を巡るたびに、その土地の空気を感じ、神仏の気配に触れることに心地よさを覚えます。

それは“信仰”という強い言葉で表すほどのものではないかもしれませんが、確かな“つながり”として、僕の中に息づいています。

僕の家には、母の遺骨を分骨して安置した仏壇があり、隣には氏神様の神棚もあります。

毎朝、その両方に手を合わせ、誓いの言葉を唱えるのが、いつしか日課になりました。

それは形式的な儀式ではなく、自分の気持ちを整える時間であり、心の拠り所になっているように思います。

そういう意味で、僕と宗教の関係は「とても近い」とは言えないけれど、「とても興味深い」とははっきり言える。

そんな「ほどよい距離感」で、宗教と付き合っているのだと思います。

そんな思いもあって、今回は以前から気になっていた日本の神様について調べてみました。

・天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ):天地開闢と同時に現れた最初の神。

・高御産巣日神(たかみむすひのかみ):生命創造・生成力の神。

・神産巣日神(かみむすひのかみ):地上や自然の生成に関わる神。

この神様たちは姿を現さず、ほとんど祀られてもいない「別格中の別格」とされる存在とのことです。

だからこそ、逆に神秘性が際立ち、得も言われぬロマンを感じるのかもしれません。

さらに、神話の世界でおなじみの三貴神、

・天照大御神(あまてらすおおみかみ):日本の最高神格であり太陽神。

・須佐之男命(すさのおのみこと):海や嵐、祓いを司る荒ぶる神。

・月読命(つくよみのみこと):月を象徴し、夜を統べる神秘的な気配を持つ神。

この三神にもまた、物語としての力強さや、文字通りの「神話性」を感じます。

信じている、というよりも“物語として惹かれている”という感覚に近いのかもしれません。

勢いに乗って、神道だけでなく仏教に登場する神仏たち。如来、菩薩、明王、天部といった存在についても調べてみました。

たとえば、

・阿弥陀如来 の無限の慈悲、

・千手観音 のすべてを救おうとする姿、

・不動明王 の怒りの表情に宿る深い優しさ、

・地蔵菩薩 の無条件の献身、

・愛染明王 の煩悩を否定せずに悟りへ昇華する在り方

それぞれの神仏に、それぞれの哲学と物語があり、人生のどこかで自分と重なるような感覚すら覚えました。

こうして振り返ってみると、僕にとって宗教とは「信じる」ものというよりも、「感じる」ものなのかもしれません。

距離はある。

けれど、確かな“つながり”はある。

それは“信仰”という言葉よりも、「敬意」や「関心」と呼ぶほうが、今の僕にはしっくりきます。

きっとそれが、僕にとっての宗教の「ちょうどいい」在り方なのだと思います。




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【おもしろきこともなき世をおもしろく。】

2025/04/03

【グローバルリーダーのための教養Ⅱ:Topic2】
(Q:座右の銘はありますか?)

僕は、高杉晋作のこの言葉がとても好きで、とても大切にしています。

その理由は、どんなに面白くないと思えることでも、深く掘り下げていけば、必ず何らかの面白さに気づけるからです。

講義でも「人は食わず嫌いをする生き物だ」とありましたが、まさにその通りだと実感しています。

たとえば僕は、ゴルフがあまり得意ではありません。

でも、あれだけ多くの方が熱中しているのですから、きっと面白いに違いありません。

おそらく、初めてのゴルフや数回目のプレーで、何か嫌な思い出があったのだと思います。

もはや記憶にはありませんが、無意識のうちに距離を置いていたのかもしれません。

もしその時にこの言葉を思い出していたら、もう少し前向きに向き合えたかもしれません。

だからこそ、ゴルフ以外のことでも、最初にネガティブな感情を抱いたときには「おもしろきこともなき世をおもしろく」と自分に言い聞かせています。

その姿勢は、人との関わりや物事に対する向き合い方にも良い影響を与えてくれています。

今こうして文章にしてみて、あらためてこの言葉が僕にとっての座右の銘なのだと、強く確信しました。。




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【DESC法と五つの影響力を実体験に落とし込んでみました。】

2025/04/03

【グローバルリーダーのための教養Ⅱ:Topic1】
(Q:学んだことを実体験に落とし込む。)

僕の後輩さんが、自身の後輩さんとの関係で悩んでいます。

意思の疎通ができず、困っているとのことです。

話しかけても塩対応、飲みに誘っても「ごめんなさい、行けないです。」と断られてしまう。

そんな感じだそうです。

まあ、ありがちな関係性だとは思いますが、せっかく有意義な講義を拝聴できたので、

この件をDESC法によるコミュニケーションに落とし込むとどうなるのか?を考察してみました。

おさらいするとDESC法は、

【D:Describe:事実を描写する・伝える】
状況や相手の行動などを客観的かつ事実ベースで描写。
主観を交えず、あっさり、さらりと伝える。

【E:Express:自分の意見を伝える】
描写した事実の状況に対する、自分自身の考え方、意見を相手にストレートに伝える。

【S:Suggest:提案する】
その状況に対応する、あるいは変化させるための提案をする。
具体的かつ現実的な内容で伝える。

【C:Consequence:結果を示唆する】
そうすることによって、どのような効果的結果につながるかを示唆する。

とのことでしたので、上記の例に反映させると、

【D:Describe:事実を描写する・伝える】
「最近、何度か話しかけたり、飲みに誘ったりしてるけど、あまり反応が返ってこなかったり、“行けない”って断られることが続いてるんだ。」
→ 主観を交えず、観察した事実をそのまま伝える。



【E:Express:自分の意見を伝える】
「正直、ちょっと寂しい気持ちになるし、どう接したらいいのか悩んでるんだ。〇〇君ともう少しフラットに話せたら嬉しいと思ってる。」
→ 「私は〜」という形で、感情や考えを素直に表現。



【S:Suggest:提案する】
「無理に誘ったりはしないけど、〇〇君のペースで話しやすいタイミングとか、少しずつでも交流できる方法があれば教えてもらえると助かるなと思ってる。」
→ 相手に配慮した形で、無理のない提案を出す。



【C:Consequence:結果を示唆する】
「お互い気持ちよく過ごせる関係を築けたら、チームとしてももっと働きやすくなると思うし、〇〇君のことももっと知れるチャンスができたら嬉しいなって思うんだ。」
→ 提案に対するポジティブな未来像(Win-Win)を示す。

こんなところでしょうか?

今度はこれを五つの影響力を鑑みて考察してみます。

またまた、おさらいすると五つの影響力とは

【準拠パワー】
(好印象を与えることで人を動かす。)

【権威パワー】
(肩書きなどの権威を使って人を動かす。)

【強制パワー】
(脅しなどで無理やり人を動かす。)

【報酬パワー】
(Give & Take で人を動かす。)

【正当パワー】
(「この人の言っていることは正当だ」と相手が思うことで人を動かす。)

とのことでしたのでこれを上記の例に当てはめると、

【準拠パワー】
「〇〇君のペースでいいよ。何かあったらいつでも声かけてね。」
といったように、無理に誘わず自然体で接することで「この人となら関わっても大丈夫」と思ってもらう。
関係づくりの土台としてとても大切だと思います。

【権威パワー】
「先輩として言うけど、飲みの場も大事だよ。」
といったような言い方。
指導的・上下関係的な色が強くなるため、後輩さんによってはプレッシャーや重さを感じるかもしれません。

【強制パワー】
「なんで来ないの?みんな来てるのに」「協調性ないよ?」
といった無理強いや圧力は、後輩さんの反発や距離を広げる原因になります。
避けた方が無難だと感じます。

【報酬パワー】
「飲みに来たら▲▲奢るよ!」「ゲームの話しようぜ!」
など、後輩さんの興味関心と引き換えに関わってもらう形。
ただし、これも一時的な効果にとどまる可能性があるため、関係構築のきっかけには良いけれど、それだけに頼るのは避けたいところです。

【正当パワー】
「〇〇君とちゃんと話せる関係を作りたいと思ってるんだ。お互いのためにもね。」
僕的には一番おすすめの影響力です。
Aさんが、Bさんの立場や気持ちを尊重しつつ、関係構築の理由をきちんと伝えることで「もっともだ」と納得してもらうアプローチです。

考えるまでもなく【正当パワー】が一番適切ですね。

とても良い勉強になりました、ありがとうございます。




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